わかりやすさに流れている実態をわかりやすくわからせるには

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先日トゥギャッターで見た記事、気になって何度も見直した。

 政治の話かと思いきや、もっと身近な話。我々は物事をどうとらえ、どう判断しているのか、という話題だった。

自転車の例え

自転車について説明してください

こういう問いかけをした場合、どのような答えが返ってくるか。

自分の中の自転車の思い出とか、部品の名前とか、買ったお店とか有名ブランドとか自転車レースのヒーローとか。

そういった断片的な知識がまず返ってくると思う

では質問の仕方を変えてみよう

  1. 自転車はどうやって走るのか
  2. 自転車屋を始めるにはどうするか
  3. 自分が自転車屋の主人だとして、売り上げを伸ばすにはどうするか
  4. 自転車メーカーの担当者だとして、次世代の自転車を開発するとしたらどうするか

 

少し質問を具体化するだけで、頭の働き方が変わってくるのではないだろうか。

質問1に対応するには、自転車の部品の名称、そしてそれらがどう組み合わさって働くことで自転車が動くのかという、知識の構造化が必要になってくる。

質問2については、自転車の構造よりも起業のノウハウが必要。お金、店舗、人材の確保や諸手続きの進め方がわからないと実現できない。

質問3は店舗の運営ノウハウなのでこれまた違う技能が必要だし、質問4になると自転車ではないものを作ることが正解になる可能性もある。ここまでくると、自転車の話はどこに行っちゃったの?という領域まで進んでしまう。

 

 ビジネス本で薦められている考え方の多く(赤羽雄二さんの本は特に)は、このように疑問を細分化し、深く掘り進め、何をするべきかを選択して実行しましょう。というものが多いようだ。

 自分はこんな考え方でもって課題を分析し、職場でもこうしませんか?と投げかけているつもりなのだがいつも反応が薄いというか受け流されてしまう。

 それはなぜなんだろうか。

 

わかりやすい意見のほうが通りやすい

 

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物事の判断基準には、わかりやすさが大きくものをいう。

なので政治家が選挙で勝つために必要なのは、わかりやすいアピールをすること。

 有権者の大部分は政策の正しさよりも、候補の印象でもってどちらに投票するかを判断しているし、冒頭の記事によると有権者は政策で判断していると思いつつも実は印象に流されているという研究結果もあるそうだ。

 最近の大きな選挙はその傾向が顕著なのかもしれない。自民党都民ファーストの会はさほど考え方に違いはなく、その一方で奢れる自民、清新な都民フという印象の違いが結果に影響してしまった。投票日間際に次々と自民側に不利な出来事が起こったのがその傾向に拍車をかけた。

 でもこれは政治の世界だけではなく自分の職場でもよくあることで、同じ失敗をしても怒られる人と叱られる人がいたり、意見を言ってもすんなり通る人とそうでない人がいるが、それはその人の行動や考え方以上に、わかりやすさやそこから醸し出される印象がものを言っているのだろう。

 

わかりやすさに流されていることに気付けば、流されにくくなる

 なんだか言ってることはおかしいんだけど、何となくそっちに流されてしまう状態から脱却するためには、なぜ流れていくのかをよく考えること、流暢性を感じる理由を突き止め、流されないようにすることが重要だし、そのような考え方を身につけるにはコンサルタントの著書などで自分お考え方の癖を見直してみるとよいのだと思う。

 ただし自分一人が考え方を直しても、何となく流されてしまう職場の雰囲気自体を変えるにはさらなる仕掛けが必要なわけで、わかりやすさに流れている実態をわかりやすく説明するという一見矛盾したプロセスを経ないと、ダメなんだろう。

 まあぼちぼち続けていくとしましょう。