正しいことを求めているうちは難しいのかも。

sura-taro.hatenablog.com

     

 すら太郎さんのすらすら日記はいつもすらすらと読みやすく、それでいて考えるきっかけを与えてくださいます。
 このブログもよかったですね。

 

 自分も学生時代からよく言われるんですよ。

「お前の言うことは正しいんだ、正しいんだよ。でもね~」と言われて却下。

 

 社会人になってからは

「お前は正義感が強すぎる」と叱られることがしばしば。

 ううん、そうかなあ。

 

 その一方、ある人にこんなことも言われました。

「自分はね、もう人をいちいち裁くのはやめようと思うんだよ」

 ああそうか、自分が言っていることって、自分の正義感という物差しで相手を図っているだけなのかもしれないな。

 

 最近異動になった職場では連日中傷や罵倒にさらされているのですが、相手が自分を責める口実というのが、質問にすぐ返事をしないとか、服装がちょっと乱れているとか、休みの前に引継をしていない(していたのだがちょっと齟齬があった)とか。
 

 最後にそいつが「どうだ、俺の言っていることは間違っているか?」と職場中に響くようにまとめるという筋書。

 あなたは遠山の金さんにでもなったつもりですか?

 皆に聞こえるようにってところが芝居がかっていて気分悪いんですよね。 

 

 おそらくすら太郎さんがブログ中で述べられている「正しさ」は自分が例示している「正しさ」とは全く次元が違うのだろうけど「正しさ」を根拠に自分の意見を通そうというのは、危険を伴う考え方なのかもしれない。

 

こういう時はちょっと理系の方の考え方を拝借しましょう。 

 

「筋のよい答え」の見つけ方 | 堀切川一男 |本 | 通販 | Amazon

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 問題を丸く解決するのは、正しさよりも筋の良さ、つまり合理性ではないかと思うのです。当事者の中で誰も傷つかない、誰も損しないやり方がきっとあるはず。

 

 ある方はそれを「アウフヘーベン」と表現してネット世界をざわつかせているようですが(笑)。

 

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