スマホを持たずに過ごしてみたら

今日から、外の作業の応援とやらでしばらく職場の外に出るとは聞いていたが、

定時出勤ではなく早出になるとは聞いていなかった。

今朝会社に行くと、すぐ着替えろ、行くぞ、の声。

まあそんな気はしたんだけどねえと思いつつ準備をしていたら、

 

スマホを持って出るのを忘れた。

 

あーやってしまった、すきま時間にあんなこともそんなこともできなくなるし、あれもこれも記録できなくなってしまうとしばしがっかり。

 

で、あんなことやそんなことって、どんなこと?

とちょっと冷静になって考えてみた。

 

iPhone使いだして6年半、日常のいろんな部分をiPhoneに頼っているのは確かなわけで。

万歩計:一日一万歩歩くぞ!と都度チェック

ライフバランスアプリ:一日をどう使っているか教えてくれるアプリ

日経電子版:やっぱビジネスマンだから、すきま時間に記事観ないとね

Facebook:ブロガーの記事が面白くて一歩先に進んだ気になる

仮想通貨:最近始めたんだけど、値上がり具合が気になる

ポケモンgo:継続は力なりのゲーム、ちょっとでも時間があると開いてしまう

他にも地図アプリとかヤフーニュースとか、見たい情報はいくらでもあるのです

 

手ぶらの昼休み

そうはいっても午前中は仕事ずくめでスマホがないことを惜しむ暇はなし。

やっと来た昼休みに思ったあれこれ

休憩に立ち寄った大手スーパー、

以前はワクワクポイントだったが老朽化がはげしい

弁当買ってもイートインするスペースがない

やむなく隣の公園へ

なんとそこは区画整理工事の際に、遺跡だとわかったところらしい

石碑には知事の揮毫まである

公園って、憩いの場であると同時に地元の人たちの想いを伝える為に作られているんだなと実感。

 

日陰を探して歩いていると、隣にいい雰囲気の神社があった。

いわゆる郷社と呼ばれるものらしいのだが、由来を見ると、祭られているのは日本書紀に出てくるようなバリバリの天皇や皇后、創立に関わったのは教科書に出てくるような地元の豪族。入口の鳥居横には、日露戦争戦勝帰還記念いう石碑。

なんでもありやね。

今の役所、大きな街だと役割分担が進んでいるけど、地方ではあれもこれも一つの小さな役場でになっている。

神社も実は同じ構造で、小さな村のお社は交通安全も縁結びも教育機関も、送り出した兵隊さんの無事を祈ることも請け負っている。

お庭の端には、以前日本で二番目に太かったモミの木だったという木があった。

二番目というのが奥ゆかしいし、以前は、というところに心和む。

 

神社から公園に戻ってベンチにたたずむ。

暑い日は、神社の境内のほうが涼しいな。

 

 ベンチに座って一息つくと、頬を伝う風とか、鳥の声とか、遠い車の音とかが身に染みてきた。お、これは以前と取り組んでみたマインドフルネスの感覚に近いな。

 マインドフルネスのDVDとかアプリでしきりに促されているのは、視覚ではない触覚や聴覚を通じて得られる感覚を大事にしよう、ということ。

 今はPCやスマホから得られる視覚的な情報の割合がどんどん増えていて、それ以外の感覚が後回しにされている。

 だから、マインドフルネスとかいうカテゴリーを立ち上げてでも、聴覚や触覚をもっと大事にする習慣を身につけようよ、ということなのかな、と思った。

 

そうこうしているうちに昼休みは終わった。

 

 職場に戻ってスマホを手にして、ビットコインのレート見てみた。

含み益、二千円ほど増えていたようだ。

 

 スマホがあれば安心して時間をつぶせるけど、持たない状態での自由時間に何ができるかな、何を思うかな、というのはそれはそれで面白いチャレンジなのかな。

 

スマホ持ってないと、万歩計のカウントが止まってしまう、これだけが残念。

 

明日はどうしよう。

持って出るか、職場に置いていくか。