【書評】認められたい 熊代亨 【意識高い系よりも、マイルドヤンキーであれ】

 はてなブログの人気ブロガーであり、現役精神科医でもある熊代亨さん(シロクマ先生)が先月出版された本を読んでみました。

 

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 日々それなりに努力しているつもりでもそれとなく感じてしまう不安や物足りなさ、それがどこから来るのかについてわかりやすく説明してくださっています。

最近読んでた「心」に関する本

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 書評を書く上での立ち位置を示すために、最近ずっと関心を持っていた事柄について先に述べてみます。

愛着障害」(岡田尊司

 集団になじめない、人間関係を築くのが下手、そんな人は大概幼少期に周囲から十分な愛情を得ることができず、その結果過度に自己承認を求めたり、逆に回避的な行動をとったりする、というもの。

 もっと簡単に言うと、親に冷たくされたり体罰を受けて育った子供は、成長後自分の身近な人に同様の接し方をしてしまう。またはその状態から逃れようと真逆の行動に走ってしまう。ということのようです。

愛着障害」について、もう少し

 著者の岡田さんは小説もものしておられるとのことで「読ませる」文章を書かれます。「愛着障害」の中では皆が知っている署名人の障害を愛着障害の観点から説明、幼少期のつらい経験を乗り越え、志を遂げたり、自分の幼少期とは違う、幸せな家庭を築く、というエピソードを列挙されています。

 読者はその一つ一つに自分の生い立ちを重ね合わせたり、その結末をうらやんだりしながらページをめくるのです。

愛着障害」と「毒親」ブーム

 「愛着障害」を生んでしまうのは親の心無い対応。最近はそのような親を「毒親」と称して分析、批評する本もよく出版されているようです。

 私もFacebookのグループでそのような情報を目にしたり、紹介された本を読んでいたのですが、だんだん疲れてきました。

 「障害」「毒」といった刺激の強い、どちらかといえばネガティブな単語を頻繁に目にした結果、自分のもやもやを吹き払うために勉強しているはずなのに逆にもやもやが募るようになってしまいました。

 そんな折、シロクマ先生のブログを数本読んでみたところ、それまでのもやもやが晴れた気がしたのです。

 そこで、シロクマメソッドの集大成、この本を手に取ることにしました。

 

この本の内容

端的にまとめると

「意識高い系をやめよ、マイルドヤンキーであれ」ということのようです。

もう少しかみ砕くと

 人の心が欲する欲求、それがあれば心穏やかに過ごせる要素、というものがいくつかあり、それをモデル化したのがマズローのピラミッドです。

 その中で、

  • 下層の欲求である、生物としての生存に関わる欲求
  • 最上層である、超人的な自分を思考する欲求

 を除くと、人の心が求めるものは

  1. 自分が他人とは違う、One&Onlyの存在であるという実感
  2. 仲間とリスペクトしあい、互いに必要とされているという実感

 人が「なりたい自分」を求めて行動するとき、その動機は上記いずれかの欲求を満たすため、と考えることができます。

 1.の想いを「承認欲求」といい、それを満たすために人は高い地位、ほかにない能力、他人とは違う経験を求めます。

 2.の欲求は「所属欲求」といい、周囲との関わり方によってその気持ちが満たされたり、損なわれたりします。

 

「承認欲求」>「所属欲求」な人
  • 人付き合いよりも自己研さんに励む
  • 他人と違う自分をアピール
  • こうあるべき、という意識が強い
  • 他人の至らない部分、欠点が気になる
  • 自分の欠点を修正したいという意識が強い

 ⇒いわゆる「意識高い系」

 

「承認欲求」<「所属欲求」な人
  • 仲間とのまったりした関係を好む
  • 他人の欠点を、それはそれで受け入れる
  • 自己研さんには比較的消極的
  • 現状肯定派

 ⇒いわゆる、マイルドヤンキー

 

シロクマ先生がすすめるありかた

 「認められない」や最近のブログの中でシロクマ先生はおっしゃっています。

 どれだけ自分を研ぎ澄ませて「承認」を得ようとしても、大多数の人はそれがかなわぬまま終わってしまう。

 自分を高めようとする気持ちが誤った方向に進むと、大事な時間やお金を無意味に消費するだけだし、そのような人を狙っている宗教団体や各種集団もいる。

 また、人付き合いが苦手な人は得てしてオンラインゲームやSNS上で「なりたい自分」を演出しようとするが、欲求がとめどなく肥大化するばかりできりがない。

 それよりも、身近な人と認め合い、尊重しあうよう心掛けるほうが健やかな毎日を過ごせるはず。

 自分自身が認められなくても、所属している集団が成長し、認められることで自分の心もみなされるのだから。

 

不思議な読後感

 心理学、精神医療の領域の本なのですが、読み終わって覚えたのは人生について考えさせる映画やドラマを見た後のような感覚でした。

 川べりの芝生の上に座りながら

 自分の今までは何だったのだろう。満たされないのはなぜなんだろう。みんなそうなのかな。残りの人生、どうやって過ごしていこうか。

 とぼんやり考えさせられるような本でした。

 

愛着障害」VS「認められたい」

今自分の中で岡田さんとシロクマ先生の考えがごっちゃになっている状態です。

  • 自分のコミュ力の不足は、自分の生い立ちにも原因がある
  • それを克服する為に、受験勉強、資格取得など努力を重ねてきた
  • 毎日それなりに従属感はあるが、何か物足りないし世間的な幸せとは縁遠い
  • その原因はわかったつもりだが、今の自分の何をどう変えればいいのか

 

 職場や地域や課外活動、SNSのグループになじんでいくことで所属欲求を満たし、今までより幸せになろう。これが正解なのでしょうか?

 自分の周囲の困ったさん、に悩んでいる自分とは少し距離があり、まだ踏ん切りがつかない状態です。

 まあ、周囲の困ったさんからすれば、なじもうとしない私が困ったさん、なんでしょうね。

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