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ビビリは自分を守る感情

書評、テレビ、映画の感想など

 先日みた映画、Inside Out によると、人の感情にはそれぞれ役割があるのだとか。

 時折ブチ切れる人を見るが、それは、危機に瀕した我々の祖先がとった行動の名残らしい。確かに、目の前に野生動物がひょいと表れでもしたときには、恐怖心を取り去って思いっきり暴れて見せたほうがいいのだろう。

 残念なことに、近頃は自分より弱い立場の人に対してブチ切れて見せる人が多い。

 感情の使い方間違ってるやん、と言わずにはいられない。

 何がどうなって自分の何を守るために、そんな態度に出るのだろう。

 当人にとっては理由や仕組みはどうでもよいのだろうし、そんな態度をとれば周りがなびいてくれるのだからこりゃいいや、程度の認識なのか。

 

 その一方、弱者には弱者の生理的な反応があるのだと改めて知った。

 

 今日、私の職場に不倶戴天の敵ともいうべき人物がひょいと現れた。

 自分もそれなりに年を重ね、天命を知る年回りになり、以前ほどには感情をあらわにはしなくなったのだが、その人物の風貌と独特の言い回しを見聞きしているうちに、一気に気分が悪くなった、頭がぼうっとし、脈拍が増え、胸に何とも言えない感触がわきあがってきた。

 頼むからすぐにでも自分の視界から消えてくれ。

 不愉快な話をくどくど書くと、読む人も気分が悪くなるだろうからくどくどとは言わないが、その人物の不始末の尻拭いのために自分は当地に呼ばれ、その仕事のやり方を改善するためにPC教室に通い、何とか大過なく過ごした日々だった。

 

 それでも、その男は、人の苦労もわれ関せずな態度で周囲に迫る。

 だめだ、頼むから自分の回りに来ないでくれ。

 

 自分がこの人物みて気分が悪くなるのは、またこいつに近づくとろくでもないことに巻き込まれるかも。という心の声なのだと思う。

 

 感情にはそれぞれ役目が。

 このいきなり湧き上がるずいきも、何かの形で自分を守ろうとしているのだとして、すこしありがたく思った・