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怒られたさんと怒られないさんのはなし

怒られたさん。

 テレ朝系の「マツコ有吉の怒り新党」の一コーナー。

怒られてしまったいい大人のエピソードを、街頭インタビューで拾いまくるコーナー。

いい歳して怒られるのは、結構堪えるものですよね。でもその一方で笑えたりもする。

 世の中をよーく俯瞰してみると、おんなじことをしでかしてもこっぴどく絞られる人とそうでない人がいることを知った。

 なんで?それって不公平じゃないの、と言いたい気持ちはやまやまなのだが、そもそも世の中は不公平だ、ということを知らないと世の中は渡っていけない。

 また、不公平だ!と思うこと自体、自分目線にとらわれているんだろうな、と思う。怒る人、キレる人は習慣的に反応して起こったりキレたりするのだから、いちいちその怒りに合理性や公平性があるのか、なんて考えていないだろう。

 

 怒られないさん

 明るい、人当たりがいい、人徳がある、人に会うのが好き。

 トラブルの芽を見つけたらとにかく自分から動く。さっさと謝り、自分から動き、ほかの人が何かする前に手を打ってしまう。

 日ごろから自分の意見を言う。自分の考えを刷り込む。ほかの人がそのことを考えないように動く。

 だから、トラブルが起こっても。周囲は「あああいつがああ言っているんだから任せておくか、と思う。

 

 怒られるさん

 黙々と仕事をしている。めんどくさいことも文句言わずにやる。ただし、しばしばオーバーフローになり、処理しきれなくなる。周囲はそれをついて責めたりする。

 弁がたつわけでなく、ちょっとリアクションが遅いので何かトラブルが起こるととことん責められる。言い返せず、ついむくれたりするとさらに批難される。

 

 トラブルが起こると

 報告を聴く側からすると

 怒られないさんは「事実+その後の的確な対応」の報告を受けるので、まあいいか、と不問にする。怒られるさんはそれをうまくできない。中途半端な報告をあげたりして火に油を注いだりする。

 どこでもある話だ。

 

 しかし

 要領よく対応する人がそのままことを押されられるかはわからない。

 怒られないさん、は得てして情報をシャットアウトしたり、自分に都合よい解釈を周囲に植え付けることで、自分の立ち位置を確保しているし、周囲も、こいつがこういうから、まあいいか、と思考停止になってしまうからだ。

 なので、その付け焼刃がこぼれてしまうと、一気に状況が悪くなり、信頼を失ってしまう。

 

 映画やドラマではよくある話。

 実社会ではそこまでラディカルにはいかないだろうが、うまく世渡りしようとする怒られないさんに対するやっかみもあるだろう。

 

 自分は。。

 おとといも昨日も怒られちゃってるし、怒られないさんにはなれないだろうな。