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物をため込む生活からの卒業 すっきりしました。

今週のお題「卒業」

 

 子供のころから、切手やプラモデルや漫画を集めていることが好きだった私。

 学生以降、使える小遣いの額が増えるにしたがって物をため込むスピードに拍車がかかりました。

 

主な所有物①

  • 本  約300冊
  • CD 約300枚
  • MD 約300枚

 本は本当に好きでよく購入していましたが、一度読んだ本を再度読むか、というとほとんどそんなことはなく、また、単行本はだらだらと間をおいて断続的に読んでいたので、時間をかけた割には内容が頭に入ってこないな、でもまあいいや、読んだという実績が残ればいい、みたいな感覚で蔵書を積み上げていました。

 CDはまずますローテーション組んで聴いていたので過剰在庫感はなかったのですが、やはり棚を埋め尽くす勢いで増えていきました。

 MDはもっぱらラジオ番組のエアチェックを残していたもの。これも結構な頻度で聞いていたので処分することは考えていなかったのです。

 ただ、

  •  これだけの本を読み返すのに必要な時間
  •  CDをずっと聴きなおすのに必要な時間
  •  MDは聴きなおすのに必要な時間に加えて編集やラベル張りにも時間がかかる

これらを合計すると自分の余生を超えるのではないか? 

  • 自分の限られた自由時間をこんなことに費やすか?
  • 今読みたい本の前に、たまっているこの本読まなきゃ、とか思ってないか?
  • 本当は無理があるのに、何かの意地で持ち続けているのではないか?

ぼんやり思ってました。

 

お土産たち 

  • ライブやスポーツ会場で買ったTシャツ 約120枚
  • キャップ 約50位
  • 美術館で購入する図録 約200冊

 本当に必要、ほしい、というよりも出かけた記念に買ってきてしまっていたのです。

 図録のほとんどは買ってから一度も見返したことがありません(将来子供ができたら情操教育に、とか思ってました。今思うと恥ずかしい。。)

 Tシャツも、一部の愛用品以外はずっと引き出しに眠ったまま。

 キャップも同様、サイズが合わなかったり服装に合わないデザインだったりでほとんどが段ボールの中。

 しかも、延べ10回近く行った引っ越しのたびに、これらを箱に詰め、運び出し、搬入し、また棚に並べなおしていました。

 なんでって聞かれれば、そんな自分が好きだったからとしか答えようがありませんね。

 

処分のきっかけ

思い出品には価値がない

 母が亡くなった時に、持っていた大量の服をSecond Streetに持っていき、買い取ってもらったのですが、クロゼット満載の衣類が、驚くほど小額のお金にしかなりませんでした。

 季節的外れだった、ブランド物ではなかった。。。理由はともかく、本人が大事に思ってため込んでいたものが世間的にはな~んにも価値がない、と通告されたみたいで唖然としました。

 

PC,スマホで用が足りてきた

 今は音楽をスマホタブレットで聴いています。

 実はそんなに音質にこだわる方ではなかったようで。

 削減できたのは、棚のスペース、編集する時間、タグ付けする時間、棚にたまったほこりを払う時間、整理する時間、棚から引っ張ってどれ聴くか逡巡する時間。

 昔は、そんな自分が好き、とか思ってたのかもしれませんが、今思うと無駄なことしてたなと思います。

 

一気に処分

 そんなわけで数年前から徐々にものを減らしていったのですが、所帯を持つ際に、ほとんどブックオフに持ち込みました。

 CDは割とお金になったのですが、本は一冊数十円、あれだけ大事にしていた図録についてはまったくお金になりませんでした。ここまでくると逆に痛快です。

 その後も、折に触れ処分しています。

 

今は

 物が減って困ったことはありません。

 まあ、服が減ったのでワンパターンな着こなしになってしまったのは確かですが。

 たまに実家に帰った際に、そのゴミ部屋っぷりに衝撃を受けるのですが、それは少し前の自分の部屋の姿。いつかは実家もきれいにしたいな、と。

 

反省とこれから

 物を維持、整理することに使っていた時間、使う見込みのないものを買い込むために費やしたお金、本当にもったいないことをしたな、と後悔しています。

 もっと賢く使っていれば、何回分かの旅行代にはなったでしょうね。

 同じ自己満足なら、ものを買いため込むよりも、たくさんの経験、体験をブログにまとめる生活、のほうが得るものが多いのでは、と思ってます。

 

 

 

部活の顧問も、事業主なのだと思った件

昨日高校のクラブ(混声合唱)の同窓会がありました。

そういえば2017年2月24日は初めてのプレミアムフライデー

 勤め人の男性陣は参加が難しかったか、女子会+私というまさにプレミアムな会となりました。

 今そのクラブの顧問をされているのが私の二学年上の先輩。

 三月末に予定されている演奏会についていろいろと教えてくださいました。

演奏会の準備に必要な手配

1.運営資金の確保

  • チケット収入
  • OBからの協賛金
  • 市からの支援
  • 必要な手配

2.もろもろの手配と支出の把握

 a.会場の確保

  • 高校生が自力で出向ける
  • 音が良い
  • キャパ800程度

 文化都市を標榜するわが町でもこれだけの条件を満たす会場は少なく、一年前に申し込もうとしても競争は激しい。また、一番人気の会場が来年改修のため使えず、代わりの場所を探すのも悩ましい問題だとか。

   近郊の町村にはそれぞれ手ごろで音もいいホールがあるのですが、いずれも駅から遠く、生徒が自力でたどり着くのが難しいため選択肢に挙げにくいそうです。

 b.ピアニスト

 ずっとお手伝いいただいているピアニストの方に、格安な御礼で引き受けて下去っているそうです。

4.通信料

 意外とかかるのがこれ。1000人のOBに封書で案内を出すだけで¥82,000

5.軽食代

 一緒にステージに乗ってくださったOBの方や生徒さんにねぎらいの気持ちも込めて、軽食と飲み物を準備します。

さらっと金額並べてみても、かなりカツカツの運営になりますね。 

 

もっと効率よくお金を集めるには

  • 生徒の親御さんに購入してもらう
  • 企業や商店を回って、広告収入を頂く

 などの方法もあるのですが、長く続けることを考えると、時間的、懐的に負担のかかるやり方は避けたい、のだそうです。

 

ほかにもっと効果的なお金の集め方はないものでしょうか

モノではない、コトでお返しする 

 映画「この世界の片隅に」で注目されたクラウドファンディングという手法。 デジタルな方法で有志からお金を募り、そのお返しとして何かを提供させていただくというやり方。物で返礼、お名前を掲示させていただく、特別な「場」を設ける。などなど。

 プレミアムチケットなるものを設定し、そのチケットを持っている人には当日の写真をプレゼント、とか、

おまけをつける

 前回の演奏会の音源をCDにしているのですが、まだ在庫が残っているとのこと。チケットとセットにしてプレミアムセット、と称して買っていただくとか、同窓会の場で売りさばくとか。

ワークショップ

子供や小中生と一緒に歌の練習を行う機会を設け、若干の参加料を頂くとか。

。。高校のクラブ活動で、それは無理か。

 

改めて、当時の顧問の先生に感謝

 自分も現役時代に演奏会を経験したのだが、楽譜代はどうした、とかピアニストのギャラをどうする、とかステージ上の衣装はどうした、とかほとんど気にしていませんでした。自覚していればもっと真摯に練習に打ち込めたのかもしれません。

 

文化人も事業主なのだと思う

 音楽、スポーツ等々クラブの運営を行うということは、単にその活動や種目の指導を行うだけでなく金勘定を含めたもろもろの手配が必要になってくるということなんですよね。

 

ノーベル文学賞を受賞したボブディラン氏のスピーチを思い起こします。

「自分は音楽家として、日々スタジオの手配、ミュージシャンとの交渉といったことに心を砕いています。シェークスピアはきっと舞台のもろもろの準備に頭を悩ましていたでしょう。それが果たして文学なのかどうか、本人は気にしていなかったのではないでしょうか。」

 周囲から見て賞賛すべき芸術活動、取り組んでいるご本人にしてみれば雑多ともいえるいろいろな課題への対応の連続なのかもしれません。

 そう捉えると、自分にも何かできないか、手伝えることはないか、と思いをはせたくなるのです。

 

大事なのはチャレンジよりもガマン?

 一見地味ながら良質な番組を提供してくれるNHK-Eテレ

 家人が好きだったNHK Eテレの「スーパープレゼンテーション」、何となく見てたら嘘についてのプレゼンを二つやっていた。

 主題はひとつだがポイントはいくつかに分かれていて、

  • 嘘をつくには高度な概念操作能力が必要
  • 社会になじむためには嘘は必要
  • ガマンできる人が将来成功する

みたいなことを聴衆に語り掛けていた。

 

嘘をつく=非対称性を理解できる

 嘘をつくためには、相手がこの嘘を見抜けないだろう=相手はこのことを知らないだろうという見込みを立てることが必要。

 相手の状況、しぐさ、反応から理解の度合いを推し量る能力がないと、ばれない嘘をつくことはできない。

 なので、それなりの嘘をつける幼児、相手をだますことを試みるだけの胆力がある幼児、というのは将来有望なのだろう。

社会になじむためには嘘も必要

 嘘、というよりも、小さな政治力。

 多少言ってることに無理があっても周囲に認めさせることができる子供は、将来有望なのだろう。

ガマンできる人が将来成功できる

 結構有名な実験なのだが、目の前にあるマシュマロを、15分間食べずにガマンできれば、もう一個もらえるという課題を与えられた子供たち。

 15分我慢できた子供は将来社会的に成功でき、我慢できずに食べてしまった子供たちは問題のある人生を送っているのだという。

 最近ブログやネットでお見かけする方々が、ご自身の生活習慣を語っているのを見ると、常人よりも規則的な生活を送っておられる方が多いようだ。

 こういった方は、やりたいことを実践するためにはこんな生活を送らなきゃ、という意識が高く、飲みたい!夜更かししたい!といった欲求を押さえることができるのだろう。

 アニメを見ていても、飲んだくれのスラッガーとか、ムリムり!!という状況から結果を出す人がファンの心をつかむのではあるが、現実世界でそのようなことが少ないから、二次元世界の登場人物に夢を託すのだろう。

 世に自己啓発や自己改革につき指南する本はあまたあるけれども、その行為が自分のどのような欲求を満たすためのものか、いわゆるマズローのピラミッドのどのあたりに属する欲求を満たすためのものなのか、ちゃんと整理して説明したものは思いのほか少ないのかもしれない。

 これだけでやせられる、これだけで成功者になれる、と謳うほうが、とりあえず売れるだろうし。

 

 飲みたい欲、寝坊したい欲、一人でいたい欲に負けてしまってる自分。

 どんな自分になりたくて、そのために何をやらなきゃいけないのか、もうちょっと考えてみよう。

 

 

 

 

最近は大手メディアよりもインフルエンサーから情報を頂いていると思う件

 先日、ふるさと納税で被災地支援ができる。しましょう、という記事を書きました。

 文の巧拙はともかく、自分としては一番意味のあること掛けたかな、と思ってます。

 

 そこでふと思いました。

 自分は何で、このことを知り、実行したのだろう。

 

 先日のブログにも書いたのですが、永江一石さん、佐々木俊尚さんといった、いわゆるインフルエンサーの記事がきっかけでした。

 では、このことが新聞テレビラジオで広く伝えられているかというと、あまり聞いた覚えがありません。災害支援の在り方として一番合理的で素早く対応できる手段のはずなのに、なぜでしょう。

 たまたま今日のニュースでふるさと納税の話題が出ていました。

 本来の趣旨から外れた、高額な電気機器や商品券を返礼金として送っている自治体がある、というのが今日のニュースの内容。

 確かにそれもそうですが、もっと有意義な使い方もあるよ、として被災地支援のことも話してくれればいいのに。

 

 最近はニュースになることもすっかり少なくなりましたが、ポケモンGoの取り上げられ方にちょっと似ているような。

 台場の道路にプレイヤーがあふれ出て交通の妨げになったとか、イベントで石巻にレアポケモン大量に出るようになったが、街がごった返してこれも交通の妨げになったとか、運転中に操作して事故になってしまったとか。

 何事もよい面と悪い面がるはずなのに、どこかネガティブな部分だけを伝えようとしているように思えてなりませんでした。

 

 ポケモンGoがネガティブに報道されてしまうのは、TVなどにCMを出していないからだと聞きます。ほかにもスマホで遊べるゲームはたくさんあるのですが、そういったゲームのメーカーはテレビに多くのCMを出しているため、仮に運転中に操作して事故起こした人がいるとしても正面切って伝え難い。

 

 ふるさと納税での被災地支援も、何か大きく伝えにくい。ブームになると困る人たちがいる。だからさほど大きく取り上げられない、という理由を想像しています。

 被災地支援というのは地方マスコミにしては格好の素材なので、手間がかかり、合理的でないのはわかってはいるが、それでもニュースの素材として、寄せ書き書いたり千羽鶴追ったり、支援物資積んだトラックの出発式をカメラに収めてニュースで放映したい、という思惑があるのでしょうか、と思わず勘ぐってしまいたくなります。

 

 では、自分が知りたいこと、ほしい情報はどこから入手すればいいのでしょうか。 

 やはり自分で考え、お試しし、自分の責任で自分の思いを語るブロガーやインフルエンサーと呼ばれる人たちをチェックするのが、一番合理的かもな、と思いました。

 

  

 

パティシエに卵焼きの作り方を教わったすし職人の話

先日ユーチューブを眺めているたところ、

ホリエモンさんがとても興味深いことを言ってました。

  • 古い体質のすし屋は、卵焼きを勘で作っている。新入りがノウハウを学んでお客様に出すまで何年もかかっている。それでもってそのノウハウを後生大事にする。イノベーションのない世界。
  • パティシエは、毎回材料を計量しながら作っている。科学的なアプローチを繰り返して最適なものを作ろうと心掛けている。
  • ある水職人がパティシエに卵焼きの作り方相談したら、独特なものができた。

 これですね。

 【ホリエモンと成毛眞氏が語るAI時代を生き抜く知恵】文系・理系ってなに? - YouTube

  1分半くらいのところからこの話が始まります。

 

 もともとは、挑戦と結果を数値で把握しながらぎりぎりいけるとこまで追い込まないと本当の意味での進歩はないのに、現状に甘んじたり、現状に実態以上の価値があるように見せかけて糊口をしのいでいることって、ありますよね。

 このノウハウ、俺の経験ははとってもプレミアムのものなんだぞ、といった演出をすることで受け手に強い印象を与える、みたいな。

 飲め、まあ飲め、まだまだ飲め。

 よし、では俺の話を聞かせてやろう。

 といってあこがれの先輩から話聞かせてもらった!と言って感動している友人がいたが、自分にはなんのことだかよくわからなかったです。

 むしろこんなことで感動できる人は、当然上の人から可愛がられるでしょうから、そういう意味で社会の勝ち組になれる可能性が高いわけですね。

 ベテラン社員が仕事の段取りをする。若手社員が、おお、匠の技、と言ってはやす。

 まあこの位はご愛敬で、職場の潤滑油としてあってもいいような話かもしれないですけど。実際にはofficeを使いこなすスキルもなく勘で仕事してるベテランが、職場の新陳代謝の妨げになっている、なんてことは普通にあると思います。

 

 働き方革命と称して総労働時間の抑制が叫ばれてますが、今まで1時間かけていた仕事を30分で済ませるにはどうするか、2時間かかっていた会議をどこまで短くするか、もしくはしなくて済むようにできるか、を考え、案を出し、トライして結果をチェックしていかないといけない。

 そんなこと考えていると、昔の名前で職場にいて、やたら自分の知識を勿体付けて切り売りしたがる人には、生活費渡して自宅待機してもらった方がいいのかもしれないな、とも思いました。

 

今年は、ふるさと納税で被災地支援

今週のお題「新しく始めたいこと」

 

このお題で、五つ目のブログです。

これも、始めたいというよりはすでに始めているのですが、

ふるさと納税の仕組みを使って、被災地を支援したいな、と思ってます。

 

きっかけになったのは、永江一石さんのこのブログ。

 

www.landerblue.co.jp

 

まったくその通りで。

 阪神淡路の震災以降、数多くの災害に対してどんな支援をすべきか的な議論がなされているにもかかわらず「被災者が求めているもの」が的確に送られていない現実があるようです。

そもそも千羽鶴や寄せ書きはいらない、送る側の自己満足

段ボールにごちゃごちゃ雑貨を詰められても、仕分けが大変

街頭で小銭を集めても、それを数えてまとめて送るという行為にコストがかかる

トラックで救援物資を送ろうとすると、発着の自治体でセレモニーがある、疲れているドライバーにこれは酷。

 

できるだけ早く、ロスなく、現地に一番必要なものを送る。この際自己満足はわきに置こう、となると、クレジットカードでふるさと納税する、という結論になるわけです。

 

ふるさと納税サイト [ふるさとチョイス] | 新潟県糸魚川市[いといがわし]のふるさと納税で選べるお礼の品・使い道

 

佐々木俊尚 on Twitter: "大火のあった糸魚川にふるさと納税できるサイトはこちら。寄付金の使い道で「大火の被災者支援と復旧・復興」を選択できます。私も支援しました。/新潟県糸魚川市のふるさと納税で選べるお礼の品・使い道 https://t.co/QnDVlEU81i"

私は昨年地震に見舞われた鳥取県、年末に大火に見舞われた糸魚川市に納税しました。

 納税自体はサイトからぽちっとできるのですが、その後の手続きが少々面倒です。

 納税を行った自治体から寄付金受領証明書を頂き、それを地元の自治体に届け出ることで地元自治体に支払う税金の一部が免除されます。

 鳥取のばあいは、一度送付されてきた書面に必要事項記入して返送すれば、地元の自治体に連絡を取り、うまくまとめてくれるようです。

 糸魚川については証明書が届くのですが、それからは自分で市役所などに行き、免除の手続きをしなければならないようです。

 f:id:no20170416:20170215232848j:image

ともあれ、手続きに若干の手間は変わりますが、少々の自己負担で、気になる地域の支援を直接できるわけですから、こらからもっと盛り上げて行きたいですね。

 

 

酔うと他人のプライバシーを暴く、あいつは何者?【愛着障害?】

知人にかわった癖のある人がいて、

酒の席で独特な行動パターンとるというか、簡単に言うと酒癖が悪いんです。

 

幹事の進行にいちいち難癖付けたりとか、

以前自分が体験した不愉快な出来事の話をいくつも持ちネタにしていて、毎回我々にしつこく聞かせるとか。

 

それ以上に特徴的なのは、

他人のプライベートな出来事を執拗に話するんですね。

 

  • 〇〇は配偶者に✖✖されて、それでもって△△になった、とか
  • ◇◇は両親が◎◎になった、だからああなんだ、とか
  • ちょっと個性的な発言をする方が実は疾患の持ち主だったと知ると、そうだろう、自分は前から変だと思ってたんだ!とか。

散々騒いで、それで後になって、あの飲み会楽しかった!!とか言ってるわけです。

 

まあ、ないではない話ですよね、飲み会で他人の恥部つつくのは。

しかし、あまりにもそういったことに対して熱くなるのはなんでかなあ、

と思っていたのですが。

 

ある時ひょんなことでその人と近しい人と会合で出会いました。

「ああ、〇〇さんのお知合いですか!

実は彼はねえ、凸凸なんですけど実は凹凹なんですよ。。」

おいおい、初対面にそんなことやすやすとバラすのかよ。

それどころか、彼を知ると思われるあまねく参加者に、実は凹凹なんですよ、とやってる。

 

そのときはその雰囲気にのまれて、なんだろうなあ、とか思っているだけでした。

 

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愛着障害」という概念があります。

幼少時に両親や周囲からの愛情を適切に受けられなかった人は、成長してもどこかしら対人関係に支障をきたすことが多い。

実は成人の4分の一から3分の一がその影響を受けているともいわれています。

愛着障害を持つ人すべてが不幸な生涯を送るわけではなく、しっかり自分と向き合い、信頼できる人と巡り合うことによって幸せをつかみ、社会に大きな功績を残すケースがあることもまた事実のようです。

 

で、上述の人物とそのお知り合いについて、仮説を立ててみました。

  • 彼は何かしら愛着障害を受けるような境遇にあった
  • 彼が属していたコミュニティにはプライベートをばらす習慣がある
  • ハレの席で、顔役が誰かの言われたくない情報をばらすことが普通にあった
  • 閉鎖的な集落では、そのような行為が人間関係の潤滑油になっていたのだろう
  • 集会、特に披露宴の来賓のあいさつで「実は彼は。。。」みたいなことが当たり前のように起こっていたのではないか。

 一見非常識にも思えますが、披露宴でそんなこと言われて「じゃあこの話なかったことにします」と言ってのけるだけのメンタル持っている人はそうそういない。

「不都合な事実」を知らしめ、承服させるには絶妙のタイミングともいえます。             

 そうやって育った彼は、飲みの席では誰かの秘密明かすものだ、と心の底で思っており、酒が回ると、一気にトリガーが外れ、暴露大会に突入してしまうのでしょう。

 今まで自分のプライバシー暴かれた分、今度は誰かのプライバシーばらしてやる、とばかりに。

 そう考えると、仮に誰かが「酔って他人のプライバシー暴くのやめろ!」といったところで、何について批難されてるのかわからず、ただただ反撃の巨人となり、感情を爆発させられるだけの結末になることも想像できます。

 というか、実際そうなっちゃったし。

 

 めんどくさい。。。

 

 ともあれ「愛着障害」の影響を受けている人は思いのほか多く、特に日本人はそのような心の傷を負っている人が各種のハラスメントの当事者になっているようです。

 みなが心健やかに過ごせる社会を実現させるためにも、一人一人が忌憚なく、自分の幼少期の体験を振りかえってみることが大事なのだと思います。