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今年は、Facebookで生産的に悩もう。

今週のお題「新しく始めたいこと」

 

今年はこういうことも、積極的に行いたいですね。

https://www.facebook.com/groups/100234803720559/

Facebookを初めてかれこれ4年位たつでしょうか。

 その頃は日記代わりに身の回りの出来事を頻繁にアップし、友人からいいね!をもらって喜んでました。今思うとこっぱずかしいのですが、毎日一個以上投稿しよう!、とか、10個以上いいね!をもらえるようにしよう、とか、自分に課してましたね。

 自分のプライベートをさらしたりさらされたりすることに疲れた、というよりそれに何の意味がある?と思い始め、そのような使い方はしなくなりました。

 世の中的にも、そのような機能はインスタグラムに移っているのではないかと。

 

 それでも毎日ひっきりなしに見ているんですよね、Facebook

 使い方はずいぶん変わりました。

①気になるインフルエンサーの発信する情報をチェック

 本や音楽、映画の情報は、出版社や興行主からではなくインフルエンサーからもらう方が信頼できるのでは、と今は思っています。

②グループ内で同窓会の運営

 高校のクラブの同窓会の万年幹事をやっています。

 これも4年前は同窓会ごとに大盛り上がりしてまして、てんでにみんな言いたいこと言いっぱなしにするんですよね。だれかが隠れてしまったコメント探し出したり長いフォード最初から最後まで眺めないと結局誰が出席するのかわからない。

 そういう面倒なことを進んでする人間はほかになく、ずっと自分が幹事を務めています。面倒ですが、ROM(Read only Member,投稿せず、読んでいるだけの人。もはや死語か)?よりも、勉強にはなりますね。

 

で、今年もっと力を入れたいのがこれ

 

③グループ活動で、同じ思いを持つ人と意見のやり取りをする

 今やFacebookの会員も高齢化が進み、投稿内容もちょっとしたグルメ報告や記念日の報告に収れんしつつあるのかな、と思う一方、こういう会員像もありますよね。

  • 今の社会はおかしい!
  • 自分の職場環境はこうなんです、ブラックでしょ?
  • 子育てがホントにもう大変で

 毎回このような熱い投稿をされる方がおいでます。

その熱量には毎回感心するのですが、私自身はこのような投稿に対していいね!することはあってもコメントは付けないようにしています。

 こういった方々は、まずもって聞いてもらいたい、わかってもらいたい、という承認欲求でもって投稿しているわけで、周囲からいいね!や同調的なコメントもらえればそれでいいんですよね。 

 自分はそういった投稿に対して自分の意見を述べてしまい、それが相手の逆鱗に触れ「だからあなたは〇〇なのよ!」

 などと罵倒されてしまうことがあります。

はいはいわかりました。

 あなたが今そんな状況である、ということを理解して、優しく励まして差し上げればよろしいのですね。

 

 あるいは、いそがしい中、自分のコメントに対して事細かにレスをつけてくださる場合もあり、そんな時は、この方のわずかな自由時間を、私ごときへのレスに使わせてしまって申し訳ない、という気分になります。

。。。これでいいのでしょうか。

 おそらく、このようにFBへの投稿で溜飲下げることができる人は、ある意味心配無用なのですが、それもできずにどんどん状況悪化させている人もいるわけですよね。

 

 特に心配なのが、いわゆるハラスメントの問題

  • 職場や家庭のハラスメントに、まったくかかわりのない人はいない
  • 知らずに自分が加害者になってるかもしれない
  • 一度負のループに入ると、抜け出すのが難しい
  • 知識のない人が、よかれと思って介入して逆効果になることもある

 

 いま、コンサルタントの赤羽雄二さんが「自分を取り戻す」というグループを立ち上げておられます。

 初めて二週間くらい、メンバー数は早くも1200名を超えています

 当初は専門家の方々が名乗りを上げておられたのですが、悩みを抱えておられる方からの相談、それに対するコンサルの方のコメントがみられるようになってきました。

 

 身近な人に悩みを聞いてもらう、というのも一つの手段だとは思いますが、せっかくSNSという便利なものがありますので、同じ悩みを持ち、かつ直接のしがらみがない人同士で解決策を模索するやり方がもっと広がればいいな、と思っています。

 

 

 

    

 

   

 

 

 

 

今年はロボ投資を始めてみよう

今週のお題「新しく始めたいこと」

 

今年はこれかな。

www.ikedahayato.com

 

きょうイケダハヤト師のブログを見てピンときました。

資産運用をサイトで気軽に、ですか。

そう思った理由を、A4メモ書き風に

お題①:これを見てピンと来た理由は?

  • 今お金の管理がなっていないから
  • 去年はマラソン、ポケGoに力入れてて、今年は何しようかと思っていた
  • 今年はブログ始めてみたが、もっと他にないものかと思っていた
  • それでこのブログみて、ああなるほど、これか、と思った

 

現状

 仕事上管理が必要、という事柄については割とこまごまと管理をするのですが、ことプライベートな資産状況については管理できていません。

 基本的な家計管理に加え、興味の赴くままに

 いろいろ試してはみるのですが、こまめにアップしたり閲覧もしておらず、よく使う普通口座の残高みて、まあ、大丈夫かな、とやり過ごしている状況

  • アプリで資産管理
  • エクセルで資産状況の管理

  というのもそれぞれ去年の前半、後半に初めて見たのですがずいぶん長いことチェックしていません。

 社会人になってずいぶん経ち、もうそろそろ人生後半戦も見えてきたので、そろそろ何か考えなきゃな、と思っていた次第。

 

なぜ、いまこの方法で、なのか

マラソン、ポケGoで身についた感覚を、投資にも横展開できそうに思ったからです

去年フルマラソンに挑戦、目標のサブフォーも達成できたのですが

達成できた理由は二つ

トレーニング状況を、Nikeのアプリで管理できていた
  • いつ、何キロ、どのくらいのペースで走ったか(自分のレベルチェック)
  • 月間累計何キロ走ったか(オーバートレーニングの防止)
ポケGoにはまっていた
  • ゲームしながらジョグすることで、飽きずにトレーニングできた。
  • ポケGoもまた、自分のレベルアップの過程を手軽に把握できる仕組み

 これらのアプリがなければ、気軽にサブフォー達成は難しかったのではないか、と思っています。

ブログもまたしかり

 今年から始めたブログ。

 最初は恐る恐る初めてみたのですが、投稿が積みあがるごとに、少しづつコツがわかってきたり、よいお手本を見つけてモティベーションが上がったりと、自然と楽しめるようになってきました。

 

 なので、お金の管理も、AIうまく使うことで楽しく無理なくできるようになるのではないかと思っています。

ちなみに、紹介されていたWelthnavi で診断した結果がこれ

 f:id:no20170416:20170211180746p:image

リスクはありますが、銀行口座に眠らせておくよりはいいかもしれませんね

 

 

ビビリは自分を守る感情

 先日みた映画、Inside Out によると、人の感情にはそれぞれ役割があるのだとか。

 時折ブチ切れる人を見るが、それは、危機に瀕した我々の祖先がとった行動の名残らしい。確かに、目の前に野生動物がひょいと表れでもしたときには、恐怖心を取り去って思いっきり暴れて見せたほうがいいのだろう。

 残念なことに、近頃は自分より弱い立場の人に対してブチ切れて見せる人が多い。

 感情の使い方間違ってるやん、と言わずにはいられない。

 何がどうなって自分の何を守るために、そんな態度に出るのだろう。

 当人にとっては理由や仕組みはどうでもよいのだろうし、そんな態度をとれば周りがなびいてくれるのだからこりゃいいや、程度の認識なのか。

 

 その一方、弱者には弱者の生理的な反応があるのだと改めて知った。

 

 今日、私の職場に不倶戴天の敵ともいうべき人物がひょいと現れた。

 自分もそれなりに年を重ね、天命を知る年回りになり、以前ほどには感情をあらわにはしなくなったのだが、その人物の風貌と独特の言い回しを見聞きしているうちに、一気に気分が悪くなった、頭がぼうっとし、脈拍が増え、胸に何とも言えない感触がわきあがってきた。

 頼むからすぐにでも自分の視界から消えてくれ。

 不愉快な話をくどくど書くと、読む人も気分が悪くなるだろうからくどくどとは言わないが、その人物の不始末の尻拭いのために自分は当地に呼ばれ、その仕事のやり方を改善するためにPC教室に通い、何とか大過なく過ごした日々だった。

 

 それでも、その男は、人の苦労もわれ関せずな態度で周囲に迫る。

 だめだ、頼むから自分の回りに来ないでくれ。

 

 自分がこの人物みて気分が悪くなるのは、またこいつに近づくとろくでもないことに巻き込まれるかも。という心の声なのだと思う。

 

 感情にはそれぞれ役目が。

 このいきなり湧き上がるずいきも、何かの形で自分を守ろうとしているのだとして、すこしありがたく思った・

 

 

太る理由とやせる理由

今日のNHKのクローズアップ現代

 トクホや機能性食品とは何ぞや?というテーマだった。

 トクホは国に申請し、認可をもらってその称号を使用することができる。

 機能性食品はその内容を説明した論文などをフリーアクセスにすることでその名称を使用できる、のだそうだ。

 その機能というのは体脂肪の分解を促進する、とか記憶力が高まる、とか気持ちを鎮静化する、とかあるらしい。

 ただ、よくよくその説明を見るとやせるといってももともとのBMIが25位の肥満の人とか、記憶力云々といってもいわゆる認知に近づいた高齢者が被験者だったりと。被験者と自分が違いすぎて、果たして自分に効果あるのかわからない。

 一口にやせる、といっても学術的には体重の低下、体脂肪質の低下、皮下脂肪の増減とか様々な数値で表現されるものだし、被験者と自分の共通点鑑みると、どこまで効果あるのかな?と思ってしまう。

 これらに詳しいジャーナリストの方によると、結局これらの名称は、消費者の購買意欲を掻き立てるためのものでしかないのだとか。

 普通に食事することとこれらのものを積極的に摂取することと、果たしてどれだけの違いがあるのかは不明、らしい。

 

 あ、太ってきた、まずい、機能性食品で痩せよう。というシナリオでやせるというのはいささか難しいということか。

 

 最近太ってきた。

 朝の検量結果が68キロ後半に入るのは久しぶりかもしれない。

 

 高校3年の時に63キロ、大学卒業時は70キロちょいオーバー、20代後半に73キロまで達してしまい、40過ぎてからは66-68位、40代半ばで65程度、そして今68キロまで上がってきた。

 

自分の体重の増減にはある程度のパターンがある

・ジムなどでガンガン運動してドカ食い⇒太る

 30代はこのパターンだった

・海外で現場の立ち合いやってた時期

 これは文句なしにやせた

・夕食が遅い時間

 これも太る要因

・転勤直後

 不思議とすうっと体重が落ちることが多い

・割と重要なポイント

 体の水分量が体重に響いてる気がする

・禁酒

 これでやせたという実感はない。。。

 

やせようと思うきっかけ

 見た目がどうこうというのもあるのだが

 腹回りが緩むのは格好悪いが、だからと言って体重落ちると頬がこけて変な顔になるんだよね。

 やっぱり、太っちゃうときもちわるいのだよ。

 68キロ超えると腹回り気持ち悪くて、ベルト周りのシャツがすぐはだけそうになったり、細めのスラックスがぴちぴちになったり、70キロ超えると車運転してる間中シートベルトに食い込む腹の肉が気になったり。

 

 シックスパックになりたい、くびれがほしい、と思う気持ちもあるが、日常生活過ごしていて気持ち悪い!と思った時がやせ時かな、と思う。

 

 

 

 

 

 

タラレバⅢ

今週のお題「私のタラレバ」

 このお題、自分にとってはツボだったようで、

一回目:タラレバつぶやいても楽しくないので、今の自分にタラレバは不要。

二回目:そうはいっても、振り返るとタラレバあるなあ。

そして今回三回目。

 

 今朝、読者登録している白クマさんの屑籠の新作読んでガツンと来た。

 この方の文章は自分のもやもやした気持ちのツボをついてくる。それから、まあいいでないの、とそっと背中を押してくれる。

 

p-shirokuma.hatenadiary.com

 今回のお題は、社会不適合者にとってのお受験。

 受験勉強に精を出のは、純粋に勉強な人だけではない。社会にうまく適合できない自分をカモフラージュするために学歴を欲する人もまた、受験戦士となっていたのだろう。ちょっと変な自分も、学歴を身に着ければそれなりに世間を渡っていけるんじゃないかな、とばかりに。

 

 これはまさに自分のことだ。

 

 高校のころからどうもクラスになじめない。クラブ活動では自己実現できていたが、教室では誰と話するでもなく窓の外を見ているような日々が続いていた。

 こうなったら、クラスの誰よりも偏差値高い大学行くしかないなあ。

 それで浪人して自分の母校となる東京の大学に合格した。

 その大学の四年間がキラキラしていたかというと。。

 部活動には打ち込んでいたが、その中で人間関係豊かになったかというとそうでもなく、心残りの多い悶々とした四年間となった。

 

 それ以降、自分の行動パターンがその方向に固まってしまったようだ。

 そこそこ有名な企業に就職できれば、それなりに社会渡っていけるかな。

 海外経験あれば、それなりに評価されるかな。

 資格取っておけば、それなりに評価されるかな。

 それぞれ挑戦して、実現はしたんだけど。それだけじゃあだめだった。

 資格なくても、学歴そんなになくても、海外経験なんかなくても、社内で上がっていく人はどんどん上がっていくし、対して自分は、ああすごいねえ、というレッテルはいくつも手に入れたけれども、社内の地位はさっぱり上がらないままだ。

 数年おきに職場をたらいまわしされ、もう、プライドがズタズタになったわ。

 

 本当に自分が取り組まなければ、身につけなければならなかったものは社会性。

 周囲の人とうまくやっていく能力。それがなければ会社という社会の中で上に上がることはできない。

 そもそも自分のような人間にとって、日本の大企業に入社するという選択は、果たして正しかったのか。

 どうも自分は、周囲から評価や称賛されたくて、わざわざ自分に向いていない進路を選び続けてきたような気がする。

 

 白熊さんのブログ読んでみて、そのことに気付き、少し考えが変わった。

 もういいではないか。

 間近に見て実感しただろう、会社でエラくなるのは大変だ。

 楽しくもない飲み会をはしごしたり、無理な営業目標を達成するために策をめぐらせたり。読みたい本も読めず見たい映画も見れず言いたいことも言えず、会いたくない人に会い、自分と合わない人を陰でこき下ろし、良心に反する指示を出して素知らぬ顔をしなきゃいけないかもしれない。

 無理無理!自分にはむりだわ。

 

 幸い、コツコツと日々取り組んできた結果、何となく状況を俯瞰する能力とか、エクセルデータのおかしなとこ見抜く力とか、どの国でも何とか過ごせる力とか、風邪ひきにくい身体とか。

 コツコツ続けてマラソンでそこそこの記録残せたり、下手だけどもブログに文章つづることができたり。 

 相変わらず一人だけど。

 まずは自分が満足できることを探し、その結果周囲のだれかに少しでもいい影響残せれば、それでいいんじゃないだろうか。

 現実にブーたれて残りの人生過ごしても、しゃあないしね。

 

 過去を振り返ってタラレバするよりも、得たものを将来に還元するよう心掛けたほうが、きっと自分のためになるのだろう。

 白熊さん、ありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

 

マラソンシューズの話

 二月に入り、当地も少しずつ春めいてきました。

 いや、まだきてない。

 

 日本海側の冬は本当に憂鬱。雲が低く垂れこめ、ぐずぐずと雨が降り、実際の気温よりも体感気温が低い、いわゆる底冷えという状態が続きます。

 なので布団乾燥機が良く売れているという都市伝説もあります。

 

 それでも、3月4月ともなればシーズンが始まる訳で、我々ランナーズはそれに備えて晴れ間を見つけ、黙々と走り込みを行うわけです。

 一年目はただモティベーションが赴くままにがつがつ走り、それでもってそこそこの結果を残せたわけですが、二年目はもっといろんな角度から走りを極めていきたいわけです。

足元をめぐるラビリンス

 マラソンをたしなんでおられる皆さんは比較的冷静で分析力があり、仲間が求める情報を惜しみなく自分の言葉で、しかも好意的に伝えられる方々かな、と思っています。それはあまたあるサイトや雑誌の投稿欄から読み取った印象です。

 しかし、走るをめぐるギアの中で最も重要な、シューズについてはその限りではないのかもしれないな、と思い始めました。

 自分が履きたいシューズの型番でもって検索かけても、これだ、という情報をなかなか得ることができません。

 それだけ、人の足や走りの経験はまちまちで、一言でさらっと腹落ちする説明することは難しいのでしょう。

 つまり、シューズの選定については各ランナーが一人一人、未踏の地を進んでいるのです。

Adizero

 自分がレースに挑み始めたときに履いていたのはadidasのadizero Bostonというシューズ。もともとフィットネスクラブのスタジオで使っていたものでした。

 蛍光イエローと黒のツートンというとてもかっこいいデザインだったのでお気に入りではあったのですが、ジョギング始めるとたちまち左ひざ外側の筋が痛くなり、また黒爪が始まりました。

   ジムでは支障なかったのですが、レースで使うにはつま先が窮屈だったようです。

 これはいかん、と近くのSports Depoで勧めてもらったのがこれ。

NIKE Structure 19

   ふかふかの、靴下のようなシューズ。

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 継ぎ目がなく、やわらかい布でくるっとつま先を包んでくれるので爪にストレスがかかりません。靴底が厚く、かかとにも優しい作りです。デザインも独特のカッコよさがりすっかり気に入りました。

 2016年2月に店頭で1足、6月にネットで2足購入、並行して使用しました。

 心なしか店頭で購入したもののほうが履き心地も持ちもいいようですが。

 このシューズたちによってハーフ3回、フル2回のレースに参加、富山マラソンでは会心の3時間48分(5'16"/km) をマークすることができました。

 

asics airsensor Japan

   サブフォーを達成したら、次の目標はサブ3.5 (4'50"/km)

   これがなかなか難しそう。

 先日このペースで10Km走ったところ、もう吐き気やら何やらで大変。

 体幹を含む筋力、代謝系、呼吸系、消化器など、それぞれが対応できなければと思うのですが、まずお金で何とかできる、シューズの選定。

 先日Step Sports 名古屋店に出向いて店員のお兄さんに相談したところ、進めてくれたのがこれ。

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 もともとasicsについては

  •  日本が誇るレースブランド、いつかは履きたい
  •  でもどんなギアがあるのかよくわからない
  •  デザインや色遣いがいつまでたっても残念、瞬足か?というものもある。

 という印象があったのですが。

 進めてもらったモデルは格好いい悪いを超越した、なんだか1964Tokyoのオマージュのようなデザイン。よしこれだ、と思い購入。

 

 昨日調べてみたところ、asicsサブフォーを目指すモデルには“ターサー(タイガーレーサー)”とエアセンサーという二つのモデルがあり、見た目は似ているものの昨日は違うそうです。

 昨日走ってみたところ、AirzoomStructureとの違いははっきりしていました。

  •  つま先の風通しがとても良い
  •  なので、爪が蒸れて黒くなるリスクは少ない
  •  かかとが薄い
  •  ふわふわ感がなく、反発も少ない感じ。
  •  走り終わった後でふくらはぎがキューっと張りました。

さてこれをどう考えるか。

 ネット情報によると、ふわふわしてないほうが力を地面に伝えやすく、また体に優しい走り方をするんだとか。

 まあそれも一理ありますね。

 

 4月のフルマラソン本番、何を履いて走るかな。

 少しのもやもやと、多くのワクワクを感じながら、また走ってみます。

 

 

やっぱりタラレバ

今週のお題「私のタラレバ」

 昨日もこのお題で一葉書いてみました。

 その際は、

タラレバなんてブログに書いてもつまらない。

ブログ書くようになって、タラレバなんて考えないようになった。

 とばっさり言い切っていい気分になっていたのですが。

 

 昨日実家にたちよったら、父親から紙バッグを手渡された。なにこれ?

 「押入れ整理してたら、お前の大学の卒論出てきたから、大事なものだからわたしとく。」だって。

 父の親切には大いに感謝するが。

 卒論と聞いた瞬間に未熟でずぼらで引きこもって悶々としていた大学時代の自分を思い出して一気に気分が低空飛行始めてしまった。

 タラレバはないんだけど、もし何かできるんだったらドラえもんのようにタイムマシンで昔の自分に戻って、もっとちゃんとしろ!と言ってやりたいなあ。

 

どんな時代だったのか

  • 一応有名私立文系

  • 史学科だったので図書館で史料読むことが多かった
  • 家でCDやビデオたくさん見聞きしていた
  • 映画や音楽の雑誌よく読んでいたな
  • 夜はずっとニュース番組、特にスポーツニュースはしごしてみていた
  • バイトは不定期、人と接しない黙々とした作業系多し
  • 外食はあまりせず、下手ながら自炊していた
  • 毎日先頭に通っていた。いまなら風呂付アパートのほうが安いだろう
  • 一応体育会系の武道系クラブで黒帯はとった
  • 成績は、一応留年しなかったけど卒論の成績はC、ぎりぎりだった
  • いい友人に恵まれていたけど、いま付き合いのある人はいない
  • 感情が不安定でよく切れていたな
  • それで、大事な人も傷つけてしまった
  • クラブでは主務、つまりマネージャーだった
  • ミーティングでは横から意見挟む感じ、いわゆるエリートの考え方に反発
  • あるべき姿、というものにいつも疑問を感じていた
  • 休みの時期は青春18きっぷでだらっと国内旅行
  • 卒業前に突然目覚めて韓国と中国旅行
  • お金は少ないが、困ったこともない、新入社員の頃のほうが貧乏だった
  • きっと、親の援助を当たり前のように受けていたんだろうな

あー情けない

 自分は何がやりたくて、親のすねをかじりながら東京の大学へ進んだのだろう。なぜ、地元の国立大ではだめだったんだろう。つまらないプライドを満たすだけだったのかな。

 

タラレバはないけど、もっと一日一日を大事にしていけばよかった

 つい最近までそうだったかもしれないが、想いや持ってる情報をだらだらと流すだけでは成長は少ない。

 何を思って何をし、その結果がどうで次はどうするのか、いつまでにどうなっていたいのか。それを日々書き留めていればもっと成長できていたし、自分の狭い枠の中で考えるのではなく周囲の人々に刺激を頂きながら過ごしていればよかった。

 人は、レベルが上がれば自然と似たような人の輪の中に入っていくものだから。

 

 そのころにこんなメソッドを知っていれば。それをFBに投稿することができていれば、もっと成長できていたのかもしれないな。

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卒論

受け取ってからまだ見てないし、当分見る気にもならない。

 史料から適当に抜き書きして、問題意識も、自分の仮説も、その検証もなく、ただ枚数稼いだだけの代物だから。 

 残りの人生の中で、もう一度ちゃんとした論文書く機会あるかな。

 その時に備えて、もう一度力つけていこう。

 

 いまはFBやブログといった、力つけるためのツールはたくさんあるから。