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【マラソン日記】一年続けてみて思ったこと(基本はペース走)

 昨日の金沢ロードレース。

 マラソン挑戦からちょうど一年、節目となるレースでした。

 

 ちょうどいいので、ここでざっくりと振り返ってみようかと。

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春色のTシャツが参加賞でした

マラソン=セルフマネジメント 

 人気ブロガーの方に言わせると、ブログとは「セルフマーケティング」なのだそうです。つまり、自分の文書を世に解き放ち、反応を見てどうすれば世間の人々に自分を売り込めるか試行錯誤するプロセス、とのこと。

 そうですよね、自分もコツコツ文書書き溜めていますがまだ日記の延長、独りよがりな内容が多くてなかなか多くの人に立ち寄っていただくまでに至っていません。

 では、マラソンは自分にとって何なのでしょう。

  •  目標を設定する
  •  目標を達成するために練習する
  •  実際に走ってみて、成果と結果を比べてみる
  •  成果と課題を認識、次の目標を設定、実現するためにまた練習する

 なんだか企業のPDCAみたいですが、

  •  目標実現のためにあれやこれや試してみる。
  •  あくまでも結果は周囲からの反応や評判ではなく、自分がたたき出す数値。

 ということを鑑みると、一種のマネジメントなのだろう、という気がしてきました。

 

溺れながら、泳ぎ方を覚えるような感じ

 マラソンで大事なのは、気持ちと体のバランス保ちながら自分の目標を目指す、ということなのだろうと思っています。

 文字で書くと当たり前のことなのですが。

 最初のフルマラソンで身に染みたのですが、そもそも20キロとか40キロをガンガン走るという行為は現代の生活で必要とされているわけではなく、むしろ体には悪い活動なのですよね。

 だから、準備のないまま突っ走ってしまうと、体が限界を迎える前に脳がストップをかけようとするのではないかと思うのです。

失敗レース

 昨年の黒部名水マラソン。

 初のフルマラソン、意気揚々とスタート、ぐいぐいと前の選手たちを追い抜き、30キロまでは想定ペース。
   初マラソンでサブフォー達成か?と色めき立ったのですが30キロ過ぎで脚が止まり、その後は走っては歩き、また走りの繰返し。

 ふらふらしてまっすぐ歩くのも難しい状況、給食所でもらえるはずだった名物の"塩ソフト"も手に取ることができませんでした。

 ゴール後は吐き気と腹痛に襲われ、帰りの新幹線でもトイレにこもったまま。。

 何だこの症状は?これがマラソンか?自分には無理なのか?

"35キロの悪魔"は車酔いのようなもの 

 しばらくして、下痢&吐き気という症状は自分にとって初めての経験ではなかったな、と思い出しました。

 メキシコへの海外出張中、二か月を経過したころに急に体調を崩したのです。

 お医者さんの診断はsickness ではなく intoxication。

 体のどこかが壊れたのではなく、車酔いのように器官のバランスが崩れた状態、とのこと。症状を抑える薬を処方してもらうにとどまりました。

 ああそうか、マラソン中に崩れた自分の体調も、筋肉や関節、内臓が壊れたわけではなく、バランスが崩れた結果だったのか。

悪魔の正体の仮説

 長時間走り続けることで血液が手足の筋肉に集中

 ⇒その他の器官への血液の供給が滞る

 ⇒血液をもらえなくなった器官の機能が低下

 ⇒呼吸するごとにむせたり、下痢気味になったり、平衡感覚が崩れる

 ⇒脳は、体がどうかしてきたのは走っているためだと判断

 ⇒何とかして走ることをやめさせようと、脚が止まるよう信号を送る

 これが35キロの悪魔の正体なのでは?と思ってます。

 こうなってしまったら、走り続ける限り体調は戻りません。そのレースは失敗です。

繰り返さないためには、自分の体に教え込むこと。
  • 30-40キロ走り続けることは自分にとってノーマルな行為。
  • だから、手足に過剰に血液を送り込まなくてもいい
  • ちょっと内蔵の機能が低下しても、脚を停めるような指示を出さなくてよい
  • 走り終わったら、体が回復するよう休息と栄養補給はするからね

 だから自分の想定するレースペースで20-30キロ走り続ける、という練習は必要なのだろうと思います。脳に教え込むために。

 

会心のレース、ゾーンに入る方法【課題】

先日、名古屋ウィメンズマラソン走った友人のコメント

  • つぶれるかなと思いつつちょっととばしてみた
  • 最後までスピード落ちることがなかった
  • 終盤は、周りの人がえらく遅く思えて、すいすい抜いていった。
  • で、その結果が4時間1分。もうちょいでサブフォーだった。
  • その人のラップ表、最初から最後まで28分台/5㎞となっていて実に美しかった。

 自分の最高のレース、富山マラソン2016もそうだったのですが、会心のレースには以下の特徴があるようです

  • 自分の想定ペースよりもちょっと早い
  • ペースが落ちない
  • むしろネガティブラップ(前半より後半のほうが早い)である
  • 終わった後も体の回復が早い

 ”一分一秒を削り出す”という名言があるのですが、ゴールと同時に倒れこむような走り方をせよということではありません。

 駅伝でもある光景ですが、上位でゴールインする選手はガッツポーズに笑顔、繰り上げスタートになってしまうチームのランナーはゴールでばったり倒れてしまう。

 この違いは何なのでしょう。

 結果を出すこと=一生懸命必死に走ることではないようです。

 がつがつと前の選手を追い越すレースでつぶれてしまい、すいすいと早いランナーに抜かれてしまうレースでベストの記録が出せているのが不思議です。

 

 体と相談、手なずけながらベストの記録を引き出すのが秘訣なのでしょうか。

まとめ

 ともあれマラソン二年目

  •  体を壊さぬよう、負荷⇔休息のバランスを重視しながら練習する
  •  睡眠と栄養に気を配り、体を壊さないように気を付ける
  •  ハーフ:90分、フル:210分を目標に据える
  •  本番のペースが練習よりずっと良いので、練習でのペースも上げる

 

 

 

 

 

マラソン日記【第32回金沢ロードレース 2017.03.19】

 本日、金沢では老舗のマラソン大会となる「第32回金沢ロードレース」が開催されました。私にとっても5か月ぶりに参加するレースでした。

 

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ゲストの元シンクロ日本代表、青木愛さん。お美しい!!

私の記録

  • 種目:ハーフマラソン
  • 記録:1時間38分10秒
  • 平均タイム:4分36秒/KM
  • 部門別順位:104位/  (確認中) 人
  • 種目別順位:258位/  (確認中) 人

 

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 昨年は3回ハーフマラソンに挑戦、いずれも1時間47~48分だったので今回10分短縮、100分を切れたのはうれしい結果でした。また今年一番の目標であるフルマラソン3時間半以内の実現も、あながち高望みではないかも、と思っています。

良かった点 

  • スタート地点の近くにいたので、早い集団の中でスタートを切れた。そのため最初から目標ラップで走れた。
  • スマホソフトで1キロごとのラップをチェックしていたので、途中でペースダウンしていることに気付き、修正できた。
  • 気候や路面の高低差に悩まされることがあまりなかった。
  • あまり給水に気を使わなくてよかった(給水所が少なく、さほど汗もかかなかった)

課題

  • 最後のラップがベスト。絞り出せばもっと良いタイム出せたのでは?
  • 走っている途中は「1分1秒を削り出し」ているつもりだったが、思い返せばもっとできたかも
  • 日ごろのトレーニングは4分50秒/kmが目安。レースではあっさりそれを上回るペースで走れている。もっと練習でも追い込めないかな。

装備や小道具について

シューズ:asics sky sensor

 昨年はもっぱらNike Air Zoom Structure19でレースに臨んでいました。さほど不満はなかったのですが、名古屋のStep Sportsで勧めて頂いたシューズを購入、今回のレースで使用してみたところ、大成功でした。

 ソックス:Tabio

 名前のごとく、足袋のような5本指の靴下。これもStep Sportsで購入。

 レース用のソックスの多くはスポーツ衣料メーカーの手によるものなのですが、このメーカーは本業が靴下屋さんなのだそうです。

タイム計測:スマホアプリ Nike +Run Club

    これもずっと使い続けています。キロごとのペースをチェックする必需品。ポーチに入れて走っていたところ、途中で止まってしまいヒヤッとしました。

準備、体調管理について

 このところ帰宅が遅く、連日睡眠時間6時間、練習も週末しかできなかったのですが何とか結果は出せました。 

睡眠 

前日は23時就寝、今朝5時すぎ起床。

食事

 前日の夕食:スーパーの寿司(生ものはNGなのですが。。)と卵かけごはん。おかずはポテトサラダ。本番トイレに駆け込む事態を避けるべく、繊維の多いものは避けました。そもそもハーフであれば栄養補給はそんなに気にしなくともよいのかもしれません。

 朝食:餅を2個。

 レース後:振舞っていただいた豚汁とおにぎり、帰宅後大福、カステラ、オレンジジュースとヨーグルト。鉄分の補給がもっと必要か。

何より難しい、トイレ対策

 今日のレースは参加者もさほど多くなく、自分も早めに会場入りしていたのでトイレ難民になることはなかったのですが、お尻対策としてウェットティッシュは持っていくべきでした。ウォシュレットのないトイレが多く、あっても水圧が弱いとか、あとの人に気兼ねしてしっかり洗浄できないまま出てしまうとか、毎回発生しています。

 そうなると、レース中に気になっちゃうんですよね、お尻が。

 洗ってもらえるのが当たり前と思ってるお尻ちゃんが、そうしてもらえず、その後絶え間なく続く上下動や擦れによってむずむずしてくるのです。あぁ、走ることに集中したいのに。

運営その他について

 ボランティアさんや警察、救急の皆さん、陸連参加の生徒さんなどのご協力によりこの大会が成り立っているわけで、その点については本当に頭が下がります。

 その一方、残念ながらRunnetのサイト上での評価はあまり高くありません。

 自分としてはストレスなく走れ、記録も狙える大会なので満足なのですが。

思うままにこの大会の良い点、残念な点を挙げてみます。

よい点
  • コースはフラットで走りやすい
  • 駐車場は十分あるので車で来る分にはアクセスは悪くない
  • 伝統のある大会なので、運営も特に問題なし
残念な点
  • 街中も郊外も、信号や側道との交差が多いのでヒヤッとする
  • 駐車場はあるが入口が少なく渋滞気味、締め切り間近に来るとヒヤッとする
  • ボランティアの皆さんがシャイで、にこやかに語り掛けてくれる人が少なめ
  • 今年はゴール後に、豚汁とおにぎりを振舞ってもらえたが去年はなかったと思う
  • レース終了後、公園内の芝生でごろ寝したくてもできるところがない
  • 春の金沢を走ろう、とあるが金沢らしい景色を見られるわけではない

 つまり、走る分には問題ないけど、県外から記録だけでなく思い出も作ろうと思って来られる経験豊富なランナーの方からすると物足りない、と思われるのではないでしょうか。自分も富山各地の大会に出たことがあるので比較ができているわけで、地元の方にこのような指摘をしてもピンとこないかも。

 

自分自身のこれからの取り組み

  • 基本はペース走だが、坂道、長距離、スピード重視ともう少しバラエティに富んだトレーニングをする。
  • ペース走のペース上げてみる、くれぐれも安全第一で。
  • 走るフォーム、これでいいのか?ちょこちょこ走りになっているのでもっと歩幅広げてもいいのかも。
  • スマホでの記録より、スポーツウォッチ使ったほうがいいのかも。

 あと、走りのペースはどんどん早くなっているのですが、文書を作るペースがさっぱり上がりません(苦笑)レースに費やす時間が96分なら、ブログもサクッと60分くらいで書き上げられるようにしたいものです。

マラソン日記2017.03.12

マラソン

天候:快晴

概要:来週のハーフマラソン、4月16日のフルマラソンに備えた練習

   体をマラソンに慣らすために高低差のあるコース30キロをラン

   目標タイムは4'50"/km

装備:Mizuno Air

実績:走った距離33.27km

           5'22"/km

   高低差215m

   階段の昇降:3か所

ペースは写真参照f:id:no20170416:20170312235508p:image

体調:負荷レベル6

          トイレ休憩なし

   走行中に呼吸困難、腹痛、その他循環器、消化器の異常なし

   12km過ぎより、太ももにジリジリ感あり

   走行直後、ふくらはぎに強い張り、太ももにもやや疲労アリ

   ハムストリングス、土踏まず、その他関節には異常なし

シューズ:可もなく不可もない、というよりシューズを気にすることがない、という

   意味でよいシューズなのだろう。勧めてくれた美人店員さんに感謝。

   何より、黒爪とおさらばできたのはよかった。

帰宅後:一時間ほど休憩、オレンジジュースに少々酎ハイを入れてビタミン補給

   

*参考:一週前のランでは呼吸器系に変調があり、咳をすると肺に響く状態

    吐き気もあり帰宅後しばらく食事できず。

    月、火曜は足全体に筋肉痛、水木曜日は右足首に痛みあり     

まとめ:15kmまでなら4'50"/kmで走れるが、それ以上になると一気にペース低下

    ただ、連日のランであること、高低差の大きいコースを選んでいることも  

    あり、コンディションが整っていれば改善の余地ありかと。

    先週の30キロランは終盤歩きまくってしまった上に体調が悪化。黒部の悪夢

    の再来かと思った。今週は比較的体調の乱れがないので、やはり慣れてきたの

    かなと思う。

 

付記:今日友人が名古屋ウィメンズマラソンで4'01という素晴らしい記録を出した。

   それ以上に5kmのラップがきれいに28分台にそろっていて感動。

   そうか、マラソンは走る姿のみならず、ラップに美しさを見出す競技なのかも。

 

今週は一回くらい調整ランしたいものだが。。

【職場にて】コミュ力の強い社員との共存は可能か?

心の話

自分の職場を心地良い空間にするにはどうすればよいか?

仕事自体ではなく人間関係に疲れてしまう今日この頃。

 

先週は少しばかり頭がぼうっとし、一時間ほど仕事が手につかない状態になった。

いかんいかん。

 

 自分はどうも「職場の中のコミュ力強い人」とうまく人間関係を作れない性質のようだ。気分次第で大声出す人、一方的に喋りまくる人、自分のミスは小さく語り、相手の落ち度をしつこく追及する人、ずうっと上司に話かけている人等々。

 皆それぞれ自分が職場での立ち位置を確保するために編み出した術なのだろうが、自分にはどうにも対応できない。

 

  •  ポイント押さえてわかりやすく説明する
  •  メモを取る、ホワイトボードに書くなど、書き留める努力をする
  •  仕事のパターンを押さえて図解にし、共有を図る
  •  相手の意見をいったん受け止め、現状とのギャップをどう埋めるか考える
  •  他の部署、部門のやり方を参考にし、業務をシンプルにする
  •  エクセルの機能を駆使し、つまらない失敗をしない仕組みを作る

 

 しゃべりの術も、自分の意見を押し切る強さもない自分がビジネス本やPC学校で学んだのは上記の考え方やスキル。

 これをしっかり受け入れてくれれば、つまらない問題やミスはかなり減る。

 その自信は確かにあるのだが。

 

 

①これこれこうで、ここが問題だから変えたいんだけど

「それは違います!みんなもっと難しいことを今のやり方でやってます。間違えてるのはあなただけです」

②前の職場では、エクセル工夫して業務を簡便にしました

「いやあ、ここでは無理でしょ」

③この書類現場に置きっぱなしになってたけど、大丈夫かな?

「それでいいです。あなた以外はわかっているんだから余計なことしないでください」

③この仕事、何かパターン化できませんか?書き出していけばわかりますよね。

「パターンはない」

 

言葉にすると流れて行ってしまうけど、書き留めていくとやはりなんだかおかしい。

日曜の昼過ぎ、こんなこと書いていると気分が滅入ってきた。早々にやめよう。

 

意識高い系よりも、マイルドヤンキーであれ

先週読んだ熊代亨さんの本「認められたい」

 

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 他人と違う自分になろうとするよりも、少しの欠点はお互いに受け入れて、その場になじみ、ともに成長を喜ぶ関係を維持していくほうが幸せになれる。だから、ピントのズレた努力をするより、コミュ力の強い人を見習いましょう、というもの。

 そのコミュ力の強い人たちが今の自分を攻撃してくる。

 シロクマ先生の意見には大いに賛同する一方、この実態とのかい離を埋めるのは今の自分には難しいな。

 

まあぼちぼち、明日からも頑張ろう。

 

【書評】認められたい 熊代亨 【意識高い系よりも、マイルドヤンキーであれ】

書評、テレビ、映画の感想など

 はてなブログの人気ブロガーであり、現役精神科医でもある熊代亨さん(シロクマ先生)が先月出版された本を読んでみました。

 

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 日々それなりに努力しているつもりでもそれとなく感じてしまう不安や物足りなさ、それがどこから来るのかについてわかりやすく説明してくださっています。

最近読んでた「心」に関する本

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 書評を書く上での立ち位置を示すために、最近ずっと関心を持っていた事柄について先に述べてみます。

愛着障害」(岡田尊司

 集団になじめない、人間関係を築くのが下手、そんな人は大概幼少期に周囲から十分な愛情を得ることができず、その結果過度に自己承認を求めたり、逆に回避的な行動をとったりする、というもの。

 もっと簡単に言うと、親に冷たくされたり体罰を受けて育った子供は、成長後自分の身近な人に同様の接し方をしてしまう。またはその状態から逃れようと真逆の行動に走ってしまう。ということのようです。

愛着障害」について、もう少し

 著者の岡田さんは小説もものしておられるとのことで「読ませる」文章を書かれます。「愛着障害」の中では皆が知っている署名人の障害を愛着障害の観点から説明、幼少期のつらい経験を乗り越え、志を遂げたり、自分の幼少期とは違う、幸せな家庭を築く、というエピソードを列挙されています。

 読者はその一つ一つに自分の生い立ちを重ね合わせたり、その結末をうらやんだりしながらページをめくるのです。

愛着障害」と「毒親」ブーム

 「愛着障害」を生んでしまうのは親の心無い対応。最近はそのような親を「毒親」と称して分析、批評する本もよく出版されているようです。

 私もFacebookのグループでそのような情報を目にしたり、紹介された本を読んでいたのですが、だんだん疲れてきました。

 「障害」「毒」といった刺激の強い、どちらかといえばネガティブな単語を頻繁に目にした結果、自分のもやもやを吹き払うために勉強しているはずなのに逆にもやもやが募るようになってしまいました。

 そんな折、シロクマ先生のブログを数本読んでみたところ、それまでのもやもやが晴れた気がしたのです。

 そこで、シロクマメソッドの集大成、この本を手に取ることにしました。

 

この本の内容

端的にまとめると

「意識高い系をやめよ、マイルドヤンキーであれ」ということのようです。

もう少しかみ砕くと

 人の心が欲する欲求、それがあれば心穏やかに過ごせる要素、というものがいくつかあり、それをモデル化したのがマズローのピラミッドです。

 その中で、

  • 下層の欲求である、生物としての生存に関わる欲求
  • 最上層である、超人的な自分を思考する欲求

 を除くと、人の心が求めるものは

  1. 自分が他人とは違う、One&Onlyの存在であるという実感
  2. 仲間とリスペクトしあい、互いに必要とされているという実感

 人が「なりたい自分」を求めて行動するとき、その動機は上記いずれかの欲求を満たすため、と考えることができます。

 1.の想いを「承認欲求」といい、それを満たすために人は高い地位、ほかにない能力、他人とは違う経験を求めます。

 2.の欲求は「所属欲求」といい、周囲との関わり方によってその気持ちが満たされたり、損なわれたりします。

 

「承認欲求」>「所属欲求」な人
  • 人付き合いよりも自己研さんに励む
  • 他人と違う自分をアピール
  • こうあるべき、という意識が強い
  • 他人の至らない部分、欠点が気になる
  • 自分の欠点を修正したいという意識が強い

 ⇒いわゆる「意識高い系」

 

「承認欲求」<「所属欲求」な人
  • 仲間とのまったりした関係を好む
  • 他人の欠点を、それはそれで受け入れる
  • 自己研さんには比較的消極的
  • 現状肯定派

 ⇒いわゆる、マイルドヤンキー

 

シロクマ先生がすすめるありかた

 「認められない」や最近のブログの中でシロクマ先生はおっしゃっています。

 どれだけ自分を研ぎ澄ませて「承認」を得ようとしても、大多数の人はそれがかなわぬまま終わってしまう。

 自分を高めようとする気持ちが誤った方向に進むと、大事な時間やお金を無意味に消費するだけだし、そのような人を狙っている宗教団体や各種集団もいる。

 また、人付き合いが苦手な人は得てしてオンラインゲームやSNS上で「なりたい自分」を演出しようとするが、欲求がとめどなく肥大化するばかりできりがない。

 それよりも、身近な人と認め合い、尊重しあうよう心掛けるほうが健やかな毎日を過ごせるはず。

 自分自身が認められなくても、所属している集団が成長し、認められることで自分の心もみなされるのだから。

 

不思議な読後感

 心理学、精神医療の領域の本なのですが、読み終わって覚えたのは人生について考えさせる映画やドラマを見た後のような感覚でした。

 川べりの芝生の上に座りながら

 自分の今までは何だったのだろう。満たされないのはなぜなんだろう。みんなそうなのかな。残りの人生、どうやって過ごしていこうか。

 とぼんやり考えさせられるような本でした。

 

愛着障害」VS「認められたい」

今自分の中で岡田さんとシロクマ先生の考えがごっちゃになっている状態です。

  • 自分のコミュ力の不足は、自分の生い立ちにも原因がある
  • それを克服する為に、受験勉強、資格取得など努力を重ねてきた
  • 毎日それなりに従属感はあるが、何か物足りないし世間的な幸せとは縁遠い
  • その原因はわかったつもりだが、今の自分の何をどう変えればいいのか

 

 職場や地域や課外活動、SNSのグループになじんでいくことで所属欲求を満たし、今までより幸せになろう。これが正解なのでしょうか?

 自分の周囲の困ったさん、に悩んでいる自分とは少し距離があり、まだ踏ん切りがつかない状態です。

 まあ、周囲の困ったさんからすれば、なじもうとしない私が困ったさん、なんでしょうね。

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物をため込む生活からの卒業 すっきりしました。

書評、テレビ、映画の感想など 今週のテーマ

今週のお題「卒業」

 

 子供のころから、切手やプラモデルや漫画を集めていることが好きだった私。

 学生以降、使える小遣いの額が増えるにしたがって物をため込むスピードに拍車がかかりました。

 

主な所有物①

  • 本  約300冊
  • CD 約300枚
  • MD 約300枚

 本は本当に好きでよく購入していましたが、一度読んだ本を再度読むか、というとほとんどそんなことはなく、また、単行本はだらだらと間をおいて断続的に読んでいたので、時間をかけた割には内容が頭に入ってこないな、でもまあいいや、読んだという実績が残ればいい、みたいな感覚で蔵書を積み上げていました。

 CDはまずますローテーション組んで聴いていたので過剰在庫感はなかったのですが、やはり棚を埋め尽くす勢いで増えていきました。

 MDはもっぱらラジオ番組のエアチェックを残していたもの。これも結構な頻度で聞いていたので処分することは考えていなかったのです。

 ただ、

  •  これだけの本を読み返すのに必要な時間
  •  CDをずっと聴きなおすのに必要な時間
  •  MDは聴きなおすのに必要な時間に加えて編集やラベル張りにも時間がかかる

これらを合計すると自分の余生を超えるのではないか? 

  • 自分の限られた自由時間をこんなことに費やすか?
  • 今読みたい本の前に、たまっているこの本読まなきゃ、とか思ってないか?
  • 本当は無理があるのに、何かの意地で持ち続けているのではないか?

ぼんやり思ってました。

 

お土産たち 

  • ライブやスポーツ会場で買ったTシャツ 約120枚
  • キャップ 約50位
  • 美術館で購入する図録 約200冊

 本当に必要、ほしい、というよりも出かけた記念に買ってきてしまっていたのです。

 図録のほとんどは買ってから一度も見返したことがありません(将来子供ができたら情操教育に、とか思ってました。今思うと恥ずかしい。。)

 Tシャツも、一部の愛用品以外はずっと引き出しに眠ったまま。

 キャップも同様、サイズが合わなかったり服装に合わないデザインだったりでほとんどが段ボールの中。

 しかも、延べ10回近く行った引っ越しのたびに、これらを箱に詰め、運び出し、搬入し、また棚に並べなおしていました。

 なんでって聞かれれば、そんな自分が好きだったからとしか答えようがありませんね。

 

処分のきっかけ

思い出品には価値がない

 母が亡くなった時に、持っていた大量の服をSecond Streetに持っていき、買い取ってもらったのですが、クロゼット満載の衣類が、驚くほど小額のお金にしかなりませんでした。

 季節的外れだった、ブランド物ではなかった。。。理由はともかく、本人が大事に思ってため込んでいたものが世間的にはな~んにも価値がない、と通告されたみたいで唖然としました。

 

PC,スマホで用が足りてきた

 今は音楽をスマホタブレットで聴いています。

 実はそんなに音質にこだわる方ではなかったようで。

 削減できたのは、棚のスペース、編集する時間、タグ付けする時間、棚にたまったほこりを払う時間、整理する時間、棚から引っ張ってどれ聴くか逡巡する時間。

 昔は、そんな自分が好き、とか思ってたのかもしれませんが、今思うと無駄なことしてたなと思います。

 

一気に処分

 そんなわけで数年前から徐々にものを減らしていったのですが、所帯を持つ際に、ほとんどブックオフに持ち込みました。

 CDは割とお金になったのですが、本は一冊数十円、あれだけ大事にしていた図録についてはまったくお金になりませんでした。ここまでくると逆に痛快です。

 その後も、折に触れ処分しています。

 

今は

 物が減って困ったことはありません。

 まあ、服が減ったのでワンパターンな着こなしになってしまったのは確かですが。

 たまに実家に帰った際に、そのゴミ部屋っぷりに衝撃を受けるのですが、それは少し前の自分の部屋の姿。いつかは実家もきれいにしたいな、と。

 

反省とこれから

 物を維持、整理することに使っていた時間、使う見込みのないものを買い込むために費やしたお金、本当にもったいないことをしたな、と後悔しています。

 もっと賢く使っていれば、何回分かの旅行代にはなったでしょうね。

 同じ自己満足なら、ものを買いため込むよりも、たくさんの経験、体験をブログにまとめる生活、のほうが得るものが多いのでは、と思ってます。

 

 

 

部活の顧問も、事業主なのだと思った件

ただのつぶやき

昨日高校のクラブ(混声合唱)の同窓会がありました。

そういえば2017年2月24日は初めてのプレミアムフライデー

 勤め人の男性陣は参加が難しかったか、女子会+私というまさにプレミアムな会となりました。

 今そのクラブの顧問をされているのが私の二学年上の先輩。

 三月末に予定されている演奏会についていろいろと教えてくださいました。

演奏会の準備に必要な手配

1.運営資金の確保

  • チケット収入
  • OBからの協賛金
  • 市からの支援
  • 必要な手配

2.もろもろの手配と支出の把握

 a.会場の確保

  • 高校生が自力で出向ける
  • 音が良い
  • キャパ800程度

 文化都市を標榜するわが町でもこれだけの条件を満たす会場は少なく、一年前に申し込もうとしても競争は激しい。また、一番人気の会場が来年改修のため使えず、代わりの場所を探すのも悩ましい問題だとか。

   近郊の町村にはそれぞれ手ごろで音もいいホールがあるのですが、いずれも駅から遠く、生徒が自力でたどり着くのが難しいため選択肢に挙げにくいそうです。

 b.ピアニスト

 ずっとお手伝いいただいているピアニストの方に、格安な御礼で引き受けて下去っているそうです。

4.通信料

 意外とかかるのがこれ。1000人のOBに封書で案内を出すだけで¥82,000

5.軽食代

 一緒にステージに乗ってくださったOBの方や生徒さんにねぎらいの気持ちも込めて、軽食と飲み物を準備します。

さらっと金額並べてみても、かなりカツカツの運営になりますね。 

 

もっと効率よくお金を集めるには

  • 生徒の親御さんに購入してもらう
  • 企業や商店を回って、広告収入を頂く

 などの方法もあるのですが、長く続けることを考えると、時間的、懐的に負担のかかるやり方は避けたい、のだそうです。

 

ほかにもっと効果的なお金の集め方はないものでしょうか

モノではない、コトでお返しする 

 映画「この世界の片隅に」で注目されたクラウドファンディングという手法。 デジタルな方法で有志からお金を募り、そのお返しとして何かを提供させていただくというやり方。物で返礼、お名前を掲示させていただく、特別な「場」を設ける。などなど。

 プレミアムチケットなるものを設定し、そのチケットを持っている人には当日の写真をプレゼント、とか、

おまけをつける

 前回の演奏会の音源をCDにしているのですが、まだ在庫が残っているとのこと。チケットとセットにしてプレミアムセット、と称して買っていただくとか、同窓会の場で売りさばくとか。

ワークショップ

子供や小中生と一緒に歌の練習を行う機会を設け、若干の参加料を頂くとか。

。。高校のクラブ活動で、それは無理か。

 

改めて、当時の顧問の先生に感謝

 自分も現役時代に演奏会を経験したのだが、楽譜代はどうした、とかピアニストのギャラをどうする、とかステージ上の衣装はどうした、とかほとんど気にしていませんでした。自覚していればもっと真摯に練習に打ち込めたのかもしれません。

 

文化人も事業主なのだと思う

 音楽、スポーツ等々クラブの運営を行うということは、単にその活動や種目の指導を行うだけでなく金勘定を含めたもろもろの手配が必要になってくるということなんですよね。

 

ノーベル文学賞を受賞したボブディラン氏のスピーチを思い起こします。

「自分は音楽家として、日々スタジオの手配、ミュージシャンとの交渉といったことに心を砕いています。シェークスピアはきっと舞台のもろもろの準備に頭を悩ましていたでしょう。それが果たして文学なのかどうか、本人は気にしていなかったのではないでしょうか。」

 周囲から見て賞賛すべき芸術活動、取り組んでいるご本人にしてみれば雑多ともいえるいろいろな課題への対応の連続なのかもしれません。

 そう捉えると、自分にも何かできないか、手伝えることはないか、と思いをはせたくなるのです。